| --宇野 章午・過去のコラム----------- |
| ■物知り話 ■2005年明けましておめでとうございます。 ■パンドラのはこ ■閉所淫楽症話 ■花束話 ■なぞかけ ■粗相話 ■年末の掟話 ■趣味人の行く末。 ■方向音痴 ■引退宣言 ■増殖する正義の味方 ■タマネギ話 ■ウチの水槽にはエビがいる ■最近めっきり食べられなくなった。 |
■物知り話 自慢ぢゃないが、我輩、歴代天皇の名前が言える。ジンム・スイゼイ・アンネイ・イトク・コウショウ・コウアン・コウレイ・コウゲン・カイカ・スジン・スイニン・・・・。高校時代は歴史の時間、テストでずいぶん役に立った。 相対性理論も面白い。アインシュタインが考えた、時間や空間が伸び縮みする不思議な世界。自分の背中が手前に見える。光の速さに近づくほど時間の進み方は遅くなる。ローレンツ変換やドップラー効果。赤色偏差にブラックホール。天文関係の新発見のニュースにはワクワクする。 だから星の世界も好きだ。ハッブル宇宙望遠鏡のおかげで鮮明な星ぼしの姿を見ることができるようになった。星はすばるのプレアデス星団。北斗七星。カシオペア。M31(アンドロメダ大星雲)の巨大な渦巻き。M78はウルトラの星。 だからそんな世界も結構好きだ。アニメ縛りのカラオケなんかは結構いける。宇宙戦艦ヤマトを手始めに、真っ赤なスカーフ、海のトリトン、バビル2世、ガッチャマン、マジンガーZ、コンバトラーV、勇者ライディーン、鋼鉄ジーグ…みんな同じ歌い方だ。 だから声優さんの世界も好きだ。最近の人は知らないけど、あのキャラとこのキャラはおんなじ人だ!なんて、1人で指摘して楽しんでいる。 だからマンガもかなり好きだ。漫研の幽霊部員だったこともある。特に20年くらい前の少女漫画は私の人生を変えたといってもいい。成田美名子の「エイリアンストリート」川原由美子の「前略ミルクハウス」美内すずえの「ガラスの仮面」松苗あけみの「純クレ」「パズルゲームハイスクール」は野間美由紀。ひかわきょうこの「荒野の天使ども」「時間を止めて待っていて」「彼方から」。「ポーの一族」萩尾望都、マッチ一本火事の元…というのは「進め!パイレーツ」の犬井と猿山のギャグだ。近作では佐々木倫子の「動物のお医者さん」や「おたんこナース」津田雅美の「彼氏彼女の事情」のダークでディープな世界にもはまっている。当然このほかに少年漫画も一通り…。 結構人から感心される。 「宇野ってホントに役に立たないこと一杯知ってるよな…」 無人島に漂着したとき一番初めに死ぬのは、このタイプである。 ←宇野コラムインデックスに戻る ■2005年明けましておめでとうございます。 今年、テレビでの仕事始めは2日のニュースからですが、実は、去年やった仕事が1日から日の目を見ております。少林サッカー チャウ・シンチー監督の最新作映画「カンフーハッスル」。見ました?あれに、私、出ております。声だけですが…。 吹き替え版は、フジテレビ系列の内、15局16人のアナウンサーがチョイ役を一言づつ担当しております。私の役は「料理長」。16人のアナウンサーの中で「長」の付く役柄は私1人。偉いのです! 役柄で偉そうなのは愛媛放送の岡本アナが担当した「上官」てのがありますが、なんてったって「料理長」ですから。さてさてどこに出てきますやら…映画的に言いますと、ロール3の5分ぐらいのトコ。台詞はねぇ〜結構長いよ。3行あったもん。「料理長」ですから。 ま、どんな台詞かは見てのお楽しみと言うことで。おぉこれかぁ!と思っていただければ幸いです。ただ、監督に挨拶したときに監督、「料理長」ってなんだっけと言ってました。忘れてました。そこはそれ。チョイ役ですから。 映画はもう面白いこと請け合い。破天荒な「ありえねぇ〜!」世界がこれでもかと言うスピードで展開されます。是非劇場で!まずは字幕版で楽しんでいただいて、ふんでもって吹き替え版でお楽しみいただく。これが正しいカンフーハッスルの見方。軽部さんの声は分りやすいけど、高島彩さん、普段のイメージでは絶対に想像できないくらい、見事なオバサン声ですから。判らなかった人は何回でも繰り返し判るまで見るように! てなわけで、一年の計は元旦にあり。元旦から声のお仕事で始まった2005年。今年も様々な声を駆使して、皆様のお耳を拝借いたします。どうぞよろしく! ←宇野コラムインデックスに戻る ■パンドラのはこ 少女パンドラが絶対に開けてはいけないと言われていたはこを開けてしまうと、中から次々と魑魅魍魎の類が世の中へ飛び出していった。驚いてこの蓋を閉じると、中からか細い声がする。「開けちくり〜」恐る恐るはこを開けるて見ると、中から希望が飛び出した。 先日、我が家の納戸の一番奥から、数年に渡って封印されていた段ボール箱が出てきた。 埃をかぶり角が潰れややすすけたそのはこはいかにも怪しい。 何が入っているのだろう。特に中身を示す表書きはない。印刷されている「取扱注意」の4文字が好奇心を刺激する。 私はそのはこを開けてしまった! すると… 出るわ出るわ。昔の取材ノート、昔の番組の原稿、競馬初実況の恥ずかしいVTR、チビた色鉛筆、修理不能と書かれたストップウォッチ、何が録音されているんだか分らない6mmテープ、ブックエンド、ムース、フロッピーディスク、何かの紙、10年前に製造されためんつゆの未開封のビン、などなど。 今となっては使わない品の数々が次々に再びこの世に飛び出してしまった。 慌てて蓋を閉めようとすると、中に封筒が入っているのが目に付いた。 恐る恐る中を覗いて見ると… むか〜し昔に頂いたファンレターだった。 「希望」…ある? ←宇野コラムインデックスに戻る ■閉所淫楽症話 狭いところが好きだ。 子供の頃からそうだった。姿が見えないと親が捜すと、押入れの中とか外の物置の中から2時間ドラマの死体のように転がり出てくる。結構押入れは今でも好きだ。が、体がでかくなってしまったので入れない。多分理想の自分の部屋はドラえもん状態である。実際は、趣味のパソコンとか、趣味の弓道の道具とか、趣味のラッパとか、趣味のキーボードとか、趣味のマンガとか、趣味の少女漫画とか、荷物が多すぎて押入れ生活は不可能だ。でも、4畳半の部屋に、これだけのものが押し込まれていると、結果的に居住スペースは押入れサイズになり、極めて快適な空間が出来上がっている。 カミサンは雑然とした私の巣が気に入らないらしい。 1ルーム生活を10年近くしていた。それなりの広さのある部屋だったが、布団は真ん中に万年床。横になったとき目線の先にテレビが来る、完璧なレイアウト。食事も布団の上。基本的に必要なものは布団の上から手を伸ばせば届く所にある。何て快適な生活だろう。まさに「立って半畳寝て一畳」の生活を10年も続けてしまった。その結果、部屋が複数ある今の家に移っても、基本の生活スタイルは変らない。リビングのソファーの上か、4畳半の自分の巣以外のスペースはあまり必要がない。というか、立ち入らない。 私はこれを「ワンルームの呪い」と呼んでいる。 カミサンはこれも気に入らないらしい。 寝床も狭いほうがいい。最近は、寝返りを打つと落っこちるソファーの上がお気に入り。専用の寝床がないわけではない。一応ベッドはある。が、最近はカミサンと子供に占領されているので、本来子供が寝る二段ベッドの下段に寝ていることが多い。二段ベッドの下段。上には二段目の板が眼前に迫る。この圧迫感がたまらない。どうせなら幅ももう少し狭いほうがいい。以前、子供が小さかったとき、ベッドと壁の隙間に布団をU字に押し込み、そこで寝ていたことがあったが、実に快適である。多分、二段ベッドの下段の下、床と下段の間に寝られたら、睡眠時間の満足度は飛躍的にアップするかもしれない。 一日の疲れを癒し、翌日の活力を養う重要な場所。8時間睡眠として、人生の3分の1を過ごす場所。寝床。快適性を求めて私は今日も、理想の寝床に思いをはせる。 狭くて、暗くて、圧迫感があって、柔らか過ぎず、でも足が伸ばせるくらいの長さは確保できる場所…理想の寝床を考えて行き着いたところ。ひょっとして…棺桶? ←宇野コラムインデックスに戻る ■花束話 私、9月26日を持って3年半にわたって担当した「のりゆきのトークDE北海道」を卒業しましてね、10月からはニュースやさまざまな番組でお目にかかることになることと思います。どうぞお見捨てなきよう‥‥。 さて、恒例ではあるのだが、番組を卒業するメンバーには、盛大な送別会が開かれ、花束なんぞを頂ける。有り難いことであります。今回の卒業に際しまして、私も大きな花束を3つ(一つは籠盛)も頂きました。で、家に持って帰りまして、夜も遅かったので翌日カミサンに活けてもらおうと、とりあえず洗面台に花束をバサッと置きまして、送別会帰りの酔っ払いだった私は早々に眠りについたのであります。 翌朝。 顔を洗いに洗面所に行くと、置いたはずの花束がない。どこかに活けてあるのかなと探してみたが、やはり無い。カミサンに聞いてみると「子供たちが歯を磨けないからあんたの部屋に置きに行ったわよ」という。見てみると、北側の部屋の窓の下に、持って来たそのままの形の花束が2つ、縦に並んで置いてある。11階のマンションの窓際に並んだ二つの花束。 ![]() 他に置きようはないのか? ←宇野コラムインデックスに戻る ■なぞかけ あのぉ〜覗いて頂けてます?私の「なぞかけ道場」。それなりに投稿数もあってUHBホームページ一番の人気コーナーであると、勝手に思い込みながらやっているわけですが‥‥。時々聞くんです。 「なぞかけって、どうやって作るかわからないんだよね。出来上がったものは、ああうまいなぁとか分かるんだけど‥‥」 こういう人が世の中結構居るらしい。そこで私考えました。 「ここは一つ、支持者拡大のためになぞかけの作り方講座、やっちゃおっかな〜!」 (筆者、ここから道場主モードに入る。言葉遣いに無礼な点も出てくるが、そこは道場主、大目に見るように。) そもそも「なぞかけ」とは何ぞや?知らない人のために念のため。 「AとかけてBととく。そのこころはC。」という、大喜利でよくやるアレである。それでは段階を踏んで、なぞかけの作り方を伝授するとしよう。お題は‥‥そうだな。今我輩の目の前に転がっている「鉛筆」で参ろうか。 道場主模範解答(1) 「鉛筆」とかけて 「虫歯」ととく そのこころは 「削られたり、折れたりします」 これが一番簡単なやり方だな。鉛筆と言うお題に虫歯と返し、単に両方の共通点を並べるものだ。で、作れない人ってぇのは、この「鉛筆」というお題を聞いたときに、まず「虫歯」のところを考えてしまうらしいのだ。これでは絶対出来ません。 なぞかけは、お題の分析から始まるのだ。連想ゲームであるな。まず、お題の「鉛筆」と聞いてどんなことが連想できるか考えてみるとよい。 「鉛筆」→「書く」「削る」「折れる」「芯」「トンボ」「文字」「消しゴム」「先が尖がってる」「筆箱」「紙」「H」「HB」「4B」「六角形」「短くなる」etc。 で、次に思いついた言葉で連想できる、違うものを考えるわけだ。 模範解答(1)では「削る」「折れる」から「虫歯」を連想したが、たとえば「トンボ」で「日本の秋」を連想する人もいるかもしれないし、「H」からピンク色に染まっていく人もいるかもしれない。 つまり、なぞかけはオチから考えるのが正解なのだ。A→B→Cではなく、A→C→Bと考える。これができたら第一段階。 ただし、オチで使わないほうが良い言い回しと言うのがある。「どちらも○○でしょう」である。何となく落語家っぽく聞こえるが、これは逆に素人っぽくなってしまうので、やらないほうが良い。 練習問題(初級編) ・ 次のなぞかけの空欄の中をうめよ (1)「鉛筆」とかけて 「□□□」ととく そそこころは 「一本芯が通ってます」 (2)「鉛筆」とかけて 「□□□」ととく そのこころは 「六角形が基本です」 (3)「鉛筆」とかけて 「□□□」ととく そのこころは 「削れば削るほど短くなります」 さあ諸君はこの四角の中に何を入れる?(1)ではアメリカンドッグなどの串物や、一本芯がビシッと通った人物名(誰だろう?高倉健?)などが考えられる。(2)ならば単純に六角形のもの(雪の結晶とか)。(3)の削れば削るほど短くなるものは‥‥命かな?もちろん、この方法が悪いと言うのではない。この共通点を並べるやり方でも目の付け所によっては十分出来た作品にもなる。 次にダジャレを活用する。AとBの共通点をダジャレでまとめるやり方で、(1)からワンステップ上がったものとも言える。 道場主模範解答(2) 「鉛筆」とかけて 「大事な約束」ととく そのこころは 「紙(神)にかけます」 道場主模範解答(3) 「鉛筆」とかけて 「VIPの接待」ととく そのこころは 「気(木)を使います」 更に、次の例のようにアクセントまで一緒ならば言うことはない。 道場主模範解答(4) 「鉛筆」とかけて 「妊娠の心配」ととく そのこころは 「ゴムを使えばほとんど消えます」 最近はワープロソフトの普及により、同音異義語の変換がやりやすくなっている。とりあえずオチの文章を作ってみて、どんどん変換しながら面白い言葉の組み合わせを探っていくのも一つの方法であると我輩考える次第である。 さあここまで来れば、なぞかけ道場で(松)獲得も夢じゃない! 更なるハイレベルな作品を目指すなら、見た目や簡単な連想ではなく、機能面やそのお題(この場合は鉛筆)が状況によってどのように変化するかと言った、更に踏み込んだ連想にも挑戦してみると良いだろう。 道場主模範解答(5) 「鉛筆」とかけて 「更生してまじめに働く元不良」ととく そのこころは 「最初は尖がってたけど、働いているうちに随分丸くなりましたぁ」 この場合、オチが「随分丸くなりましたぁ」と話し言葉になっているのもポイントである。仮に今まで通り「最初は尖っていても、働くうちに丸くなります」だと、やはり面白さは半減してしまう。「丸くなりましたぁ」と話し言葉にすることで、何となく元不良の姿が見えてこないだろうか?作品に広がりを持たせるテクニックである。参考にするように。 また、「○○ととく」の所をディティールを細かく、長くしてみると、それだけで何となく通っぽくなるから不思議だ。 道場主模範解答(6) 「鉛筆」とかけて 「前人未到のジャングルに入った探検隊、虫除けスプレーを忘れてた翌朝」ととく そのこころは 「掻きまくります」 どうだろう。なぞかけの作り方が見えてきたのではないかな?なぞ賭け道場への投稿はもちろん、たまに「トークDE北海道」の電話テーマになるときにはおコメ券など生活に役に立つものが貰えるチャンスもある。当道場で腕を磨き、機会があればぜひトークでも商品をゲットしてもらいたい。それでは皆の者、精進するように。以上! (筆者ここから普通の宇野 章午になる) さていかがでしょう。偉そうな道場主のお言葉でしたが、当道場には道場主より上手い道場生も多くおります。上の模範解答より私のほうが絶対面白いと言う方、どんどん「なぞかけ道場」にアクセスしてください。面白いかどうかよく判らないけど、とりあえず考えたから送ってみようと言う方も大歓迎でございます。お題は違うけど‥‥。 ←宇野コラムインデックスに戻る ■粗相話 久々に体験してしまった。あの、股を伝う生暖かい液体の感触。最後にやってしまったのは何時のことだろう・・・。 この前飛行機に乗った時のことだ。機内誌を前の座席の背から取り出し再び背もたれに体勢を戻したその瞬間、アノ感触が股を伝わっていった。こんな時、人間のとる行動には大差は無いはずだ。固まるのである。感触を確認し、でも動きは取れない。その間にも液体は太ももから膝の裏を通り、脛へと流れて行く。恐る恐る視線を下に落とす。びっしょり濡れたズボンが目に入る。俺は一体何をやらかしてしまったんだぁ〜!? スープをこぼした。機内誌を取り出した時にその端が、私のテーブルの上に置いていた、隣に座る息子(ポン吉5歳)の分の紙コップを引っ掛けたのだ。子供用にぬるめにしてあったので火傷の心配は無い。感覚の正体がはっきりし、少し落ち着く。慌てるな。騒ぐな。ここは満席の飛行機の中。こんな恥ずかしいこと、知られるのは隣の席にいる息子(ポン吉5歳)だけで十分だ。まず・・・スチュワーデスさんを呼ぼう。一人ぐらいなら知られてもかまわない。座席のボタンを押す。よーし。俺は落ち着いてるぞ!大丈夫だ。これから平静を装いタオルを頼むのだ。 「どうかなさいまし・・・」柔らかな女性の声が、硬く止まった。「しょ、少々お待ちください。す・・・すぐに・・・」こちらが状況を説明するより早くいなくなってしまった。明らかにうろたえている。そりゃぁそうだろう。呼ばれて来て見りゃ、大の大人が股間を濡らし、すがる様な目で見上げているのだ。十数秒で大量の紙ナプキンを手にスチュワーデスさんが戻ってきた。それを私に手渡しながら、「あ、お父様のほうだったんですね」・・・どういう意味だ?さらに一言。「あ、スープだったんですね」明らかに安堵感が伝わってくる。「私、てっきり・・・」・・・てっきり、何だ?「ジュースだと思ったものですから・・・」何が違うんだ! 必死にズボンにしみこんだスープをふき取る。スープはあっという間に冷えて、冷たい感覚が下半身に染み入る。スチュワーデスさんがにこやかに声をかけてくださる。「ズボン、大丈夫ですか?」・・・な訳ないじゃん。下から体温に暖められて、コンソメのいいにおいが香ってくる。機長の機内アナウンスが感情を押し殺した声で淡々と告げる。「新千歳空港の天候は晴れ。気温はマイナス16度と入っております」!!!私には死活問題だ。脳裏にこの前DVDで見た映画「八甲田山」のワンシーンが浮かぶ。自らの汗が凍りつき、悲鳴を上げながら死んでいく兵士の姿だ。 努力の甲斐あって、スープに濡れたズボンは表面的には乾いたように見える。内側も、まだしっとりとした感覚が残っているが、この程度なら凍りついて死ぬことはあるまい。何より表のしみが消えてくれただけでもありがたい。もっとも、コートを着るので外見からこの恥ずかしいしみが見えることは無いのだが、あるのと無いのとでは気分的にもえらい異なる。パンツをはかずにズボンをはく、なんとも気恥ずかしいあの気分に似ている。着陸に間に合って本当に良かった。 降り際にスチュワーデスさんがまたにこやかに声をかけてくださる。「大丈夫でしたか?」・・・だから大丈夫じゃないんだって。と思いつつ、「いやぁすいませんでした」と苦笑いして飛行機を降りたその瞬間、頭に浮かんだ疑問が一つ。アナタ、私の席の担当じゃないのにどうしてその事知ってるの? ←宇野コラムインデックスに戻る ■年末の掟話 今年も残すところあと10日余りとなりまして・・・。 年々カミサンからの要求がきつくなる。 其の壱 年賀状を作ること 其の弐 住所録を整理しなおし、パソコンに入力すること 其の三 部屋の大掃除を手伝うこと 其の四 リビングの床にワックスをかけること 其の五 レンジフードと換気扇を掃除すること 其の六 窓ガラスを磨くこと 其の七 自分の部屋(宇野の巣)くらいは自分だけで大掃除すること 其の八 自分の部屋だけ先に大掃除を終わらして、「すごく働いた気分」にならな いこと 其の九 溜まりに溜まった1年分の写真の整理をすること 其の拾 溜まりに溜まった1年分の子供のビデオを整理すること 其の拾一 テレビ台やビデオは動かして、裏の埃まできちんと掃除すること 其の拾弐 駐車場の雪かきをすること 其の拾三 雪かきを中途半端なままにして、自分だけ車に乗って逃走を図らないこと 其の拾四 車の中を掃除すること 其の拾五 3回くらいは晩御飯を作ること 其の拾六 子供とちゃんと遊ぶこと 其の拾七 子供を風呂に入れること 其の拾八 子供を寝かしつけること 其の拾九 子供を寝かしつけながら、自分が寝かしつけられないこと : : : 其の七十五 最低でも以上のことは今年中に片付けること 年末の苦難を乗り越えると、そこには新しい一年が待っている。宇野章午、来年も頑張ります。多分私のエッセーは、今年分はこれでおしまい。来年もよろしくお願いいたします。 それでは皆様、良いお年を! ←宇野コラムインデックスに戻る ■趣味人の行く末。 自分で言うのもなんだが、我輩、趣味人である。多趣味である。古くは、小学校のときにはまった切手収集。結構色々持っておりました。「見返り美人」や「月に雁」はさすがに高くて手が出なかったが、「切手趣味週間」とか「船シリーズ」とか。「船・・・」の第2集なんてシートで持ってたもんね。我輩の母親は「写楽」持っておりました。高校の頃、ふと思い出し「くれ」といったら「無い」という。聞けば、「この前手紙出そうと思ったら10円足りなかったから使っちゃった」というではないか!信じられん話である。 エレクトーンをやってたこともある。小学校1年から中学1年まで。結構なものである。町の音楽教室から個人レッスンへと移り、そこそこのレベルまで行ったが、そこはそれ、我輩趣味人である。好きな曲しか弾かなかった。その結果、技術は頭打ちになり、昔「JOC(ジュニアオリジナルコンサート。ヤマハの天才少年少女たちが集う場所。日本オリンピック委員会ではない)に行きますか?」といわれた神童は、鍵盤の道をあきらめた。 その代わりに中学に入ってのめりこんだのが吹奏楽。トランペットを手に毎日部活に励んだものだ。何も知らないうちのばあちゃんは「スイソウガクブに入ったのかい?最近は中学も大学みたいに学部があるんだねぇ」なんて訳の判らんことを言っておった。ある年の学校祭でのこと。体育館で全校生徒及び父母の皆さんを前にした演奏会。曲目は忘れもしない「オリーブの首飾り」。見せ場のトランペットのソロで、ラッパを構えてかっこよく立ち上がったとたん舞い上がり、衆人環視の中、アノ有名なメロディーをヘロヘロにしてしまったことで、我輩は音大進学をあきらめた。以降のラッパ活動は、円山球場のスタンドでの母校の応援に限られた。 そんな私が高校で出会ったのが弓道である。練習ではそこそこ中る。高体連で全道まで行った(団体戦だけど)。大学でも続けた。試合で、あの日本武道館のアリーナにも立ったことがある(オープン参加だけど)。でも「オリーブ・・・」の一件でも判るとおり、スタンドプレーにはからっきし弱い。故に、個人戦ではへなちょこで、記録にも記憶にも残らん選手だった。 様々なことに手を出してきた我輩だが、今でも続いているのは弓だけである。でも、やるにはやはりそれなりの金がかかる。小遣い制の我輩には、体育館の使用料390円だけでも小さくない出費だ。矢なんて15年物で羽なんかもうボロボロだ。新しいのを買う金はない。 そんな我輩を人はこう呼ぶ。 器用貧乏・・・。 ←宇野コラムインデックスに戻る ■方向音痴 方向音痴である。あるルートを進みたどり着いた曲がり角。行きに右に曲がったら、帰りも同じ角を………右に曲がってしまうことさえある。曲がった途端、目の前には見覚えのない光景が突然広がり、哀れこの方向音痴はパニックに陥るのである。 このへんてこな癖は町中で起こるだけではない。初めて伺ったおうちで、仮にトイレをお借りしたとする。用を足してドアを開け、右を向いた途端に目の前が壁だったりすることもある。危険である。 先日なんか、結婚式で大阪にいったのだがもう大変である。予定の時間より早く着いたので、「ここはひとつ大阪のコテコテのお笑いを見に行こう」と梅田花月に行こうとしたのだが・・・。 数年前に春の選抜高校野球の取材で、梅田花月のそばのホテルに宿泊したことがあり、頭の中にはなんとなく阪急梅田駅から外に出たときの景色のイメージがあった。大きな道路があって、ふるーいデパート(確か阪急デパート…そうだよな。阪急梅田駅だもんね)があって、曽根崎警察署があって、いろんな店がごちゃ〜っと並ぶアーケードの中に賑やかな梅田花月があったはずだ。ところがっ! 新大阪から梅田までは地下鉄1本。4つ目で降りたらそこは梅田駅。札幌に比べ早足で歩く人の波と、耳に聞こえる「〜でんがな。〜まんがな。」の大阪弁にここは大阪だァと実感しつつあたりを見回したその瞬間!私は現在位置を見失った。出口はどこだ?とりあえず地下鉄の改札付近から阪急乗り換え口と矢印が指し示す方向へと歩き出す。方向を見失いながらも何とかたどり着いた阪急梅田。出口を探して外に出るが、そこには記憶にあるデータとは違う景色が広がっている。ここではない。途方に暮れて次の出口へ。ここでもない。道を聞こうにも、大阪の人はなんであんなに歩くのが早いんだ!しかもなんで人に向かって歩いてくるんだ!声を掛けようにも、ぶつかりそうになるから避けてかわして、振り向いたときにはもう遠くに行ってしまっている。目指す出口にたどりついたのは、1時間半の後のことだった。 ようやく嗅いだ外の空気に荷物の重さも忘れ花月を目指した私を待ち受けていたのは、縦横に走る、似たような感じのアーケード街の数々。ここでもあっちのアーケード、こっちのアーケードと放浪すること1時間。大きなスーツケースを肩から提げて決して広くはない小路をふらふら漂う私は、通行の大きな邪魔になっていたことだろう。名前に記憶のあるお初天神通りを見つけ、やっとこ目指す場所にたどり着き建物を見上げた私は、愕然とした。 今、花月って梅田にはないのね。「なんば」しかないのね。なんだか若者向けの小奇麗になった建物を眺めつつ、私はもう取り戻せない2時間半を悔やんでいた。 と、この原稿を書いたのが、もう半年前。今までお蔵になっていたのだが、この度満を持してお披露目となった。それはなぜか。またやってしまったからである。 先日、ハワイへ仕事で行った時のこと。ハワイに行ったことのある方は、頭の中にワイキキ周辺の映像を思い浮かべていただきたい。 「私は、アラモアナからホテルへ帰るとき、海側へ歩いた後、右に曲がったアホです。」 アラモアナからホテルまで徒歩8分のところ、1時間も彷徨ってしまいましたとさ。私の方向音痴も国際的になったものだ・・・。 ←宇野コラムインデックスに戻る ■引退宣言 引退宣言。 私、宇野章午は、平成2年4月にUHB入社して以来、一アナウンサーとして報道や制作の様々な番組にかかわり、視聴者の皆様からも身に余る叱咤激励のお言葉を頂戴しながら、これまで12年5ヶ月に渡って駆け抜けてまいりました。 しかし年齢を重ねるとともに増加する体重のため思うように体が動かなくなり、それにつれて自らのプレースタイルにも変化を余儀なくされてきていたのもまた事実であります。これまでは自己研鑽を重ねることで、何とか周囲の要求にも応えられる体を作ってきてはいたのですが、味○番のカツカレー大盛り、あるいは今は無き美好屋のカツカレー大盛り、また○長のそばカレー重Cセット(カツカレーとそばのセット)といった出前メニューによって体に蓄積された脂肪分が、私からフットワークや力強さというものを奪っていきました。それは「年齢を重ねたことから生まれてくる味」とおっしゃってくださる方もいらっしゃいます。しかし私は、それが老いと紙一重であると言うことを知っていました。自分に残された時間は多くはない。タイムリミットが目前に迫っているんだということを自分に言い聞かせながら、毎日を過ごしておりました。 自分の限界を感じたのは、2週間前の土曜日のことでした。周囲の要請を受ける形で出て行ったのですが、まったく期待に沿うことができず、途中交代するという大失態を演じてしまいました。引退を決意したのはその時です。 私、宇野 章午は、本日を持ちまして入社以来12年にわたって在籍したUHB野球部から引退し、今後も変わらずただのアナウンサーとして、「のりゆきのトークDE北海道」を始めとする様々な番組で、変わらず皆様にお目にかかることを、ここに宣言いたします。 追伸。翌日の筋肉痛は想像を絶するものでありました。 ←宇野コラムインデックスに戻る ■増殖する正義の味方 うちの話じゃないですけれど…。 世のお父様方に懐かしキャラのおまけの付いたお菓子などがうけているらしい。仮面ライダー、ガンダム、サンダーバードなどなど。値段はたった300円ほど。たばこ一箱ほどの値段で、当時大好きで欲しくて欲しくてたまらなかったキャラクターが自分のものになる上に、その精巧な姿を見ている間だけ、男の脳裏にはセピア色の思い出が懐かしく蘇る。さらに子供のおやつを買ってあげるという大義名分さえもできてしまう。こんな男のロマン掻き立てる精巧なフィギュアだが、お母様方には不評であったりする。 曰く、「またそんなもの買ってきて。お小遣いが足りなくなっても知りませんからね。月末の飲み会でお金が足りないから3000円貸してなんて言っても出してあげませんから。だいたい組み立てた後はどこに置くのよ。テレビの上やらテーブルの上やらトイレの中やらもう置き場所がないじゃない。本棚っていうのはね、本をしまうためにあるんです。それがうちは何ですか。ガンダムとかルパンIII世とかサンダーバードとか。子供じゃあるまいし。そもそも何で同じ物を2個づつ買ってくるのよ。一つは箱さえ開けてないじゃない。このまま持ってた方が価値が上がるって言いますけどね、売る気なんか無いんでしょ。だったら持ってるだけ無駄じゃないの。箱ばっかり並んで場所とって。まるで倉庫じゃないの。うちのスペースは無限じゃないんですからね。それからあなたが組み立てた後の部品の切れ端(バリとか部品が付いていたフレームの事らしい)、どうして私が掃除しなきゃならないのよ。自分で出したごみは自分で片付けてくださいよ。うちはまだ子供が小さいんですからね。口に入れたりしたらどうするの。だいたいあなたはいつもそうなんです。やったらやりっぱなし。飽きたらそれっきりで。あっちこっちに手を出さないでせめて一つにしなさいよ。この前まではジュースに付いてくるイチローのボトルキャップみたいなやつ集めてたでしょ。あの時だってそうよ。自分はイチローの人形、打撃フォームの順番にならべてニタニタわらって満足でしょうけどね。人形を出した後の袋くらい自分でごみ箱に入れられないの?ゴミはゴミ箱へって幼稚園児だってできるわよ。それだけじゃないわ。納戸の中のダンボール2箱分のジュースは、一体あなた、どーするつもりよーっ。」 なんてね。いや、うちの話じゃないですよ。本当だ。絶対に本当だ。 ←宇野コラムインデックスに戻る ■タマネギ話 UHBの前の花壇に植えてあるチューリップを見て考えた。 チューリップは球根。じゃ、タマネギってどうなんだろう。 タマネギって根菜だし、たぶん球根みたいに畑にタマネギを植えるんだよね?そこからヒュ〜ッと茎が伸びて、で、根っこにある大きくなったタマネギを収穫する…って1個のタマネギから1個しか収穫できないじゃん!!!!!。サツマイモみたいに茎を引き抜くと、土の中からズルズルとたくさんのタマネギがついて来る…訳がない。ジャガイモみたいに一つのタマネギをいくつかに切り分けて土に植えるとそれぞれ芽を出す…とも考えにくい。実はタマネギはニンニクみたいに房状に生る…おれって馬鹿じゃん。それじゃぁタマネギって一体どうやって増えるのよ。
植物は、1本の親株からたくさんのたね種や実や、ジャガイモのように地下茎が採れるから、それらが翌年たくさんの芽を出し、しゅ種として拡大・進化できるのだ 。だがタマネギはどうだ?1個のタマネギから取れるタマネギは1個。しゅ種としておかしな話じゃないか。 収穫されるたびにタマネギはその数を減らし、丘珠のタマネギ畑は年々縮小し、今年最後のタマネギを収穫してしまった農家では、もう2度と取れないタマネギの代わりに来年から何を栽培しようか頭を悩ませる事になる。 それだけではない。1個のタマネギから1個しか取れない貴重なタマネギを、我々は毎日の食卓で大量に消費している。カレーなんか作るときには、1度に3個とか4個とか使ってしまう。玉ねぎを一杯入れると甘みが出て美味しくなるんだな。 でも、そんな状態だとアッという間にタマネギはこの世から消えてなくなってしまう事になるではないか。でもタマネギが食卓から消えるなんて話しは聞いた事がない。 ひょっとして、政府は向こう100年分くらいの大量の備蓄タマネギを用意していて、国策によってそれを全国の各農協に割り当て、国民には内緒で計画的に卸していたりして。そのためのタマネギ倉庫が空知や九州の炭坑跡に作られ、廃坑の奥深くには厳密な温度管理のもと、タマネギの詰まった大量のコンテナが眠っているのではないか。で、備蓄タマネギが底をつくまでの間に、先進のバイオテクノロジーを駆使してタマネギに変わる代替タマネギを開発・実用化し来るべき時に備えるという、タマネギー転換政策を進めているのだろうか。 調べてみた。驚くべき事実が明らかになった!なんとタマネギは種を蒔くんだと!花が咲き、その後には種が採れる。それを蒔くからいつまでも我々は甘くて美味しいタマネギが食べられるのだ。タマネギをその形から球根と同じように考えたのがそもそもの間違いだったのだな。いやぁ勉強になったなぁ…。そうか。花が咲くのか。 じゃ、チューリップってどうやって増えるの?種、できないよね。球根だし…嗚呼…。謎は深まるばかりなり。 ←宇野コラムインデックスに戻る ■ウチの水槽にはエビがいる 毎回とは言わないまでも、我が担当番組「トークで北海道」のスタジオには、その季節ごとの旬の食材が並ぶ事が多い。春先ならば、その代表格は何といってもエビである。 カラを向いて、頭を取って、チュルッといただく。そんな時横を見ると、成田アナウンサーの目尻が、幸せに落ちそうになっている。きっとテレビの画面には、MC陣の幸せの笑顔が並んでいるはずだ。 ウチの水槽にもエビがいる。食用ではない。クリスタルレッドシュリンプという、赤い体に白いバンドのついた2センチほどの小さな鑑賞用のエビである。愛い奴である。 餌をやると水草の影からワラワラ出てきて、小さな前足で餌を口に運んでいる。家に帰るとその水槽をのぞくのが日課になった。カミサンからは「子供を見る時間より、エビ見てる時間が長い」と文句を言われる。そんなことはないだろう。同じくらいの時間である。今、3匹が腹に卵を抱えている。いつ増えるのか楽しみである。 小さいナリで、こいつらけっこうお値段が張る。店で買うと、1匹1000円ほどもするのだ。サクラエビ一袋よりも高い。この卵がふ化して、そいつらがまた卵を産んで…たくさん増えたらどうしよう。ひょっとして売れるんじゃないだろうか。1匹1000円だよ。いい小遣い稼ぎになるかもしれない。早く子供が産まれないかなァ〜ゥと一人でワクワクしていたら、4歳の息子が「このエビ、どのくらいになったら食べるの?」食うな!! ←宇野コラムインデックスに戻る ■最近めっきり食べられなくなった。 最近めっきり食べられなくなった。以前は身体の割に大きな胃袋を持っていた私は、そりゃあもう凄かったのよ。宇野の舌を満足させる料理はあっても、宇野の胃袋を満たす物は無いとまで言われ、恐れられたものだ。 それがどうだ。30の声を聞いたとたん、食べる量がガタッと落ちた。まず、自慢じゃぁないが、大盛りが食べられない。以前なら軽く平らげていたものが収まらなくなっている。注文した品物が目の前に出てきた途端に後悔することが多くなった。昔は、好きな食べ物なら他人から横取りしても食べてたような気がする(自慢にはならん)。思い起こせば、元気だった頃は一度にハンバーガーを6個も食べられたこともあったっけ(自慢にはならんって…)。ところが最近は、パスタ300グラムがやっとのカラダ(……これは自慢だな)。 嗜好も変わってきた。お肉だけが食事の全て!のような食生活が、どうだろう。この2〜3年で、魚、酢の物、ひじき、煮物etc…すっかり和風な食生活にシフトしてきている。以前好きだったものがまったく要らなくなったわけではない。が、それでなくても構わない舌になった。 ひょっとしたら舌が大人になったのだろうか?そう言えば、子どもの頃、上手いものを子どもに食わすなんてもったいない。そんな分があるなら自分が一口多く食べる!を身上とする両親に育てられた私は、しばらく寿司とか刺し身とか、とにかく魚が苦手だった。本当は美味いものなのに、それは辛いものと教えられ、ウニも、カキも、イクラも、刺し身も食べさせてもらえなかった気がする(親はそんな事はないと言うはずだが)。 その結果がこれだ。今でこそ一通り食べるが、以前はかなり偏った味覚だったと思う。いかん、いかん。自分の子どもには好き嫌いなく育ってほしいから、なんでも美味しく食べさせよう! でも実際は、自分の好物を前にすると、息子(ポン吉 4歳)に、「これ辛いから、お父さんが食べてあげる」なんていっている自分の姿があるのだな。きっと30年ぐらい後には、おじいさんになった私の横で、同じように孫に語るポン吉の姿があったりして、宇野家代々のしきたりができていくのだな。きっと。 親の因果が子に報い、世にも哀れな好き嫌い…。 ←宇野コラムインデックスに戻る |