



全国から作品を応募した学校の中から、初戦を勝ち抜いた8ブロック20校が、 北海道・東川町を中心に旭川市・東神楽町・美瑛町・上富良野町を舞台とした5つのステージで撮影を行う。
出場チームは全員、同じ時間に同じエリアのステージで支給された同じ カメラ・機材を使って撮影する。
撮影された作品は8枚の写真から構成された「組み写真」で提出され、大会期間中3回に渡り行われる公開審査会で審査員に対してプレゼンテーションされる。
審査基準は、提出された写真の技術面だけではなく、組み写真の構成やネーミング、更に作品からにじみ出る若者らしさやプレゼンテーションの演出力などにも及ぶ。

1947年生まれ。64歳。秋田県出身。テレビ東京アナウンサーを経て、フリーアナウンサー。 歯に衣着せぬトークと鋭い論調で今や日本の朝の顔となる。社会、経済、政治はもとより、スポーツにも造詣が深く、さらに北海道通を自称し別荘を持つほど。週末やオフには北海道生活を楽しむ。 また、夏のUHB 特別番組「北海道マラソン」へのゲスト出演などマルチに活躍する。

顧問の中西先生は、過去18回全てに初戦応募を果たしてきたベテラン先生。
自ら大型免許を取得し、部員たちと週末ともなれば撮影旅行に出かけるなど徹底している。
大会では勝負レンズと呼ばれる「広角レンズ」を持たされたリーダーの黒岩さん。ところが思うように撮影は進まない。彼女の焦り、いらだち、叱咤激励する中西先生との不協和音…。第3ステージ。子供たちの撮影を通してやっと「きっかけ」をつかんだリーダー。そんな彼女を後輩たちは、チームワークで支えます。
初出場の初々しさで写真甲子園を天真爛漫に走り回る女子3人。初日、二日目、大会を楽しみながらも、きっちりと撮影をこなしていった。ところが、地元の方への撮影交渉、作戦、写真のセレクトなど、実は、リーダーの長谷川さんがいないと作業が全く進まない。大会最終日。リーダーは用事のために不在になった。そんな中、残った2人は撮影に飛び出したのだが…。農家のオバさん、猫のオジさん、撮影は順調に進んでいたかのように見えたが、果たして、最終日の撮影はうまく行くのか?
2010年、初出場ながらに準優勝を果たした成城高校。しかもリーダーの木村くん、石倉さんは2年連続の出場となる。去年、人と話すのが苦手だと告白していた2人。老人ホームでの撮影、余りにものプレッシャーに撮影の後、自然に涙がこぼれていた石倉さん、木村くん。ところが2人は、この1年で見違えるほどに成長を遂げていた。撮影の技術はもちろん、人との交渉、子供たちとの接し方…、カメラがこんなにも選手を成長させたと言う姿を追いかける。そして、今年の結果は?
3月の東日本大地震で被災した2校。東川町が立ち上げた被災高校写真部支援プロジェクトにより、カメラとプリンターが提供され初戦に参加し、見事突破。本戦での奮闘ぶりを追いかける。そして審査会での「日常の何気ないものが輝いて見える」プレゼンテーションのメッセージと写真は、立木審査委員長の胸を打つ。1枚の写真が持つチカラをあらためて見直す、その1枚とは?