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函館市民に愛されて…さよなら「ボーニさん」 元従業員が伝える棒二森屋 最後の一日 北海道

2019年2月4日14:30
 「ボーニさん」の愛称で親しまれた函館の老舗百貨店「棒二森屋」が業績の不振などを理由に1月末で閉店しました。

 思い出を語る常連客、そして、感謝の思いがこみ上げる元従業員。前身の商店からおよそ150年にわたり函館市民に愛され続けきた「ボーニさん」最後の1日を追いました。

 小池田清六さん、78歳。棒二森屋に38年間勤め、アクセサリーなど雑貨販売などを担当。平成12年に60歳の定年を迎え、退職しました。

 小池田清六さん(78):「売り場に社長から連絡が来るとさ、まず『今接客中か? 』と聞かれる。『接客中なら話は後にするから、終わったら連絡くれ』とかね。社長自ら『お客さん第一主義』を従業員に教えていたね」

 前身の商店は明治2年創業。その後、呉服店と合併し、昭和12年に誕生した、函館の棒二森屋。

 小池田さんは、その歴史などまとめ、2018年12月に本を出版。さらに地元のラジオで現在の心境を伝えていました。

 (FMいるかの放送より)
 DJ:「今のお気持ちは?」
 小池田さん:「今は客観的に、冷静に日々を過ごしています。日々、棒二森屋に行っているので、情景を脳裏の中に入れてます。最終日(1月31日)も行くつもりです」

 函館市民に愛された棒二森屋の"最後"。元従業員としてこみ上げたのは"感謝"の気持ちでした。

◆1月31日 午前10時

 「大変お待たせいたしました。開店でございます」

 棒二森屋、最終日。店は開店と同時に、大勢のお客さんが詰めかけました。

 常連客:「若い時は棒二森屋しか百貨店がなかった」
「通い出したのは高校生くらいから。お小遣いを貯めて洋服を買いに来たり。子どもが生まれてからは、子ども服を買いに来たり」

 長年通った百貨店。ボーニさんがなくなる、寂しさがこみ上げます。

 小池田清六さん(78):「私が最初売り場に出たのは、ハンドバックとアクセサリー。レイアウトもだいぶ昔と違う」

 「構造物では、この床が開業当時の姿になっています」

 昭和の香り漂う、木製の床。

 小池田清六さん(78):「私のほとんどのファッションは退職するまで38年、全部靴下からネクタイまで、棒二森屋で買っている」
「ネクタイは家に100本以上あるんですけど、なんとなく捨てないで持ってます」

 百貨店の従業員、身だしなみには気を使ったそうです。

 お昼時に大賑わいの食堂で、小池田さんがあるエピソードを話してくれました。

 「こういう風に忙しそうにしてると、昔はすぐに手伝いに入りました。我々の時代は、テナントとか関係なく、店の中は『全部 棒二森屋』ということで、忙しいところはお互いに手伝うという精神が基本的にあった」
「忙しそうな姿を見ていると動きたくなる。体に染みついてるからね…」

 4階の連絡通路。棒二森屋の資料と、お客さんが書いたメッセージボードが置かれていました。

 客:「(Q.木の階段の思い出がある?) なんとなく、昔そこのベンチに座ってましたね。ゆっくり話をしてましたね。アイスを食べながら」
「食堂でオムライス食べた記憶があって、子どものころですけどね。クリスマス、お正月、昔は初売りがあったから、賑わっていて、押し合いへし合いしながら各階を回った記憶がある」

 寂しさがこみ上げる棒二森屋、最後の一日。訪れた人たちがそれぞれの思い出に浸ります。

 そして…。

 棒二森屋 小賀雅彦店長:「我々従業員は、道南・函館の皆さまに感謝し、創業150年の歴史に幕を閉じます。本当にありがとうございました」

 明治から平成にかけ、時代を駆け抜けてきた函館の百貨店が別れを告げました。

◆1月31日 午後7時

 棒二森屋のシャッターが閉まりました。

 店員:「ありがとうございました」
 客:「ありがとう! 」「ありがとうございました! 」

 小池田清六さん(78):「いやぁ…言葉がないくらいです…。これからじわっと(寂しさが)出てくるんじゃないですか…」
「(Q.閉店後も、また棒二森屋に来ることはありそう? )あるでしょうね。頭と足は別で、足だけお店に向くかもわかりません…」

 一つの時代が終わりをつげ、函館の景色がまた変わろうとしています。

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