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「極秘にしておこう…」29年前の"壮絶リハーサル秘話" バーンスタインが遺した"奇跡の音楽祭"

2019年10月10日12:35
~2日間の"昏睡状態"「あきらめないといけない」~


 今から29年前の1990年6月、一人の偉大な音楽家が日本に降り立ちました。

 「成田空港に迎えに行ったとき、バーンスタインはすでによれよれな感じでした。音楽祭はできないかもしれないから、極秘にしておこうと。私は、『本当にあきれめないといけないな』と思いました」

 当時のPMFの総合プロデューサー、佐野光徳氏が当時をこう振り返ります。

 滞在先のコテージに到着するも、その後2日間は"昏睡状態"。しかし、3日目に回復し、バーンスタインは、最後の力を振り絞ってリハーサル、本番に臨みました。


~札幌に、こんなすごい音楽祭があったなんて…~


 今や世界的な評価を得るようになった国際教育音楽祭、PMF=パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌。

 札幌で毎夏開催されている音楽祭は、2019年も7月6日~8月2日の日程で開催されました。

 厳しいオーディションを通過した若い音楽家の卵100人が世界中から集まり、約1か月間、札幌で、ウィーン・フィルやシカゴ響など一流演奏家から指導を受け、大小約50のコンサートで披露しました。

 若者たちがぐんぐん上達していき、100人がひとつにまとまっていく姿、演奏レベルも高く感動的で、PMFは、北海道の音楽ファンにとって毎年の楽しみのひとつとなっています。

~今だから話せるバーンスタイン"秘話"~


 この音楽祭を創設したのが、1950~60年代にかけて大ヒットしたミュージカル「ウエストサイド物語」の作曲家でもあり、指揮者、音楽家であるレナード・バーンスタイン。

 当時のリハーサル映像などはすでに公開されていますが、関係者から、当時の様子について証言を得ました。

 「リハーサルの合間に、奥の方で点滴を受けていました。15分休憩のときです」

 と話すのは現在、札幌交響楽団のチェロ奏者で、第1回PMFに参加した荒木均さん。

 バーンスタインとともに収まっている写真を見ながら、「バーンスタインが、最後の時間を教育に捧げて、そこに自分が参加できたというのは、本当にありがたいことだったと、30年経ちますけど、今でも思います」と話します。

 バーンスタインの長女であるジェイミー・バーンスタインさんは、「彼はPMFをやり遂げるためのエネルギーを見つけるのに、とてももがいていました」と、今でもその当時を思い出すのは、少し辛そうな表情を浮かべながら、そう話してくれました。

~あれから…30回目の音楽祭~


 バーンスタインが最後の力を振り絞って、若者への音楽教育に捧げたPMFは、今年で30回目。彼の遺志を引き継いで、集まった指導するアーティストたち、そして教えを受ける100人の若者たちは、音楽で、その思いを生き生きと表現しました。

 バーンスタインの当時の様子、そして30回目のPMFの約1か月を追った音楽ドキュメンタリー「音楽は、すべてを超えて~バーンスタイン最後の夢・PMF」は、10月12日(土)午前10時55分から北海道ローカルで放送です。

(写真は、提供:PMF組織委員会)

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