“メガネのプリンス”お客様第一主義で地域一番店を目指す「ムラタ」内間木義勝さん#BOSSTALK
【専門店】1963年に札幌市厚別区で創業したムラタは「メガネのプリンス」として現在、国内57店、海外20店を展開する企業に成長した。内間木義勝社長に今後の経営とメガネ業界の将来像を聞きました。
製紙業界から「半医半商」の世界に飛び込み 一から学ぶ
――どんな少年でしたか?
道南の上ノ国町に生まれ、すぐ江別市に引っ越しました。体を動かすことが大好きで、野球をやっており、高校でラグビーに転向しました。
――学生時代を終えた後は?
王子製紙に入りました。勤務地はラグビーのチームがある苫小牧に行きたかったのですが、かないませんでした。デジタル化、ペーパーレス化が進み、(社内で)人員削減の話が出たとき、次の道を探しました。妻の父親(当時、ムラタ社長だった村田晃啓会長)に相談をしたところ、「この業界に入ってみますか」と言われ、メガネ業界に飛び込みました。新入社員と同様に店頭でお客さまに声をかけ、メガネを洗浄し、仕事は一から始めました。
――何を大変に思い、何にやりがいを感じましたか?
メガネの仕事は(半分お医者さん、半分商売という意味で)「半医半商」と言われます。だから目の勉強をしっかりしなければならないので、(目の基本知識を)覚えるのが大変でしたね。入社後、現場(店舗)で働き、3年後に店長になり、その後、エリアマネージャーとして現場を見て仕事をしてきました。(社長の)今では、現場で働いたことは非常に良かったと思います。
サプライズの専務、社長就任 人脈広げるよう助言受ける
――社長のタイミングは、どんな形でやってきましたか?
毎年、(社内で)方針発表会が開かれ、その年度の事業計画の取り組みのほか、たまにサプライズ人事が公表されることもあります。専務(の人事)は当日、「専務になりなさい」と。サプライズ人事が自分に来るとは思いませんでした。社長のときは1週間前、急に言われました。
――そのとき、どう思いましたか?
「えっ」と驚きましたが、ちゃんと勉強してきたから大丈夫だと(自分に言い聞かせました)。会長からは「人脈を増やしなさい」と、よくアドバイスを受けました。会長の下で働く番頭の立場の人から「あなたは人よりも恵まれた位置にいる。力は100%でなく120%出さなければ周りは認めてくれない」と言われた言葉が今も頭に残っています。