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大津波から25年 奥尻島は祈りの日…高校生 豪雨孤立で実感した"備えの大切さ" 北海道

2018年7月12日18:50
 北海道南西沖地震から7月12日で25年です。奥尻島では大津波により多くの犠牲者が出ました。あれから四半世紀。今、島はどうなっているのでしょうか。

 (奥尻島から三宅真人記者が報告)

 私は今、津波の被害が特にひどかった青苗地区にある慰霊碑「時空翔」に来ています。こちらでは、地域の方々がろうそくに火をともし、花が手向けられる予定になっています。

 大津波から25年。奥尻島では先週、大雨により「山津波」ともいわれる土砂崩れが至る所で起きました。

 島唯一の高校、奥尻高校には札幌などから集まる「島留学生」がいます。彼らが暮らす下宿のある集落も孤立しました。

 地震発生時にはまだ生まれてなかった生徒たち。これまで災害について伝え聞くだけだった。島で暮らすうちにある変化が生まれていました。

 下宿を経営する 葛西幸子さん:「『山津波』で高圧線が切れた。『山津波』って言いますよ、土砂崩れのこと」

 島で奥尻高校の生徒たちが暮らす下宿を切り盛りする葛西幸子さん。

 7月5日の豪雨で、島の各地で土砂崩れが発生。自然豊かな島は、災害とも隣り合わせです。

 葛西幸子さん:「食べ物は大丈夫だったけど、電気が来ないことが一番の苦でした。子供たちにはすごいいい経験だと思います。不便が身に染みたんじゃないでしょうか」

 地震と津波、それに伴う火災により、死者・行方不明者が230人にのぼった北海道南西沖地震から25年。

 7月の土砂崩れは、備えの大事さを学び、再び実感させました。

 奥尻高校の島留学生が暮らす葛西さんの下宿。食品の備えはありましたが、南西沖地震も経験した葛西さんは、留学生たちに災害時の備えなどについて、改めて伝えたと言います。

 土砂崩れの翌日、留学生たちは高校近くの宿舎に避難。下宿に戻ったのは3日後でした。避難生活の実態を知りました

 林東吾さん:「モバイルバッテリー2つあったし、充電してあったからそこまで困らなかった」

 菅野速人さん:「スマホあったので親と連絡ができたのでと思います」

 島では、今も土砂崩れの爪痕が残り、通行止めが続く道道も残っています。復旧のめどは経っていません。

 復旧に当たる人:「(こういう事って起きるのか? )滅多にない。このような感じが津波の時にはずっと続いてた」

 奥尻高校では7月12日から、今シーズンのスキューバダイビング授業が海で始まりました。資格も取得できる授業ですが、その中では地震が発生し、津波が来るという想定で避難訓練も行われました。

 悲惨な災害を語り継ぐための授業。想定を超える災害が続く中、"自分の身は自分で守る"という意識が徹底されています。

 加藤広大さん:「何が起きるか本当にわからないので、自分の身は自分で守れるように訓練したい」

 辺見歩花さん:「いざというとき対応できないので毎年やっていきたい。あってからでは遅いので日々の訓練が大切だと思う」

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