お酒の力でまちおこし“地方創生蔵”として地域に根ざす 「上川大雪酒造」塚原敏夫さん #BOSSTALK
人生を変えたバーのマスターとの再会 プレゼントは酒造免許
――そのレストランにおじゃましたことがあります。お酒や料理はもちろん、一帯の風景もすばらしいですね。
レストラン経営を始めたところ、上川町は冬に何も観光がなくて、(経営は)大変だと思いました。
そんなとき、名古屋の百貨店さんから北海道物産展に出展しないかと声を掛けられました。(冬で)開店休業状態なので、スタッフを連れて、その北海道物産展に行きました。
せっかく名古屋に出掛けたので、20代のときに毎日、通っていた四日市のバーに数十年ぶりに連絡してみました。マスターが会いに来てくれ、会話の中で「実家の酒蔵も時代の流れでいろいろ大変だ」と話しました。
その場はそれで終わったのですが、その後すぐ、マスターは私たちの上川町のレストランにも来てくれました。これが大きな転機になりました。自然豊かな景色を見て「日本にこんな(すばらしい)ところはないよ。
こんなところで日本酒を造ることができたらすごいのに」とつぶやきました。「そうなんですよ。こういうところで冬にもっと事業ができたら良いですよね」と思わず口にしたら、マスターが「実家が三重県で経営していた酒蔵を北海道に引っ越しをして、日本酒造りをやればいいじゃないか」と持ち掛けられ、それではやってみようと決めたのです。
家族の生命保険をこっそり解約し、返戻金を投じて会社設立
――酒蔵を移せば、酒造りができるという単純な話ではないですよね。
そこでの製造が認められる酒造免許が大切です。三重県から札幌へ、1000キロ超えて酒蔵が引っ越ししてお酒を作った事例はなかったと思います。
手続きには大変、苦労しました。もう一つ苦労したのが資金です。私自身に全くお金がなく、そのころ高校生の娘が2人いました。
―――お金かかる時期ですね。
家族に内緒で生命保険を解約しました。家族に言うと、絶対に反対されます。生命保険を解約し、返戻金を資本金に充てて作ったのが上川大雪酒造です。
――酒造りは大変でしたか?
製造責任者の杜氏さんをどう確保するのかと聞かれたとき、私は杜氏さんって誰だろうと感じるほど(素人)でした。お酒を作る米を仕入れるホクレンさんから、北海道出身の川端慎治さんという杜氏さんを紹介され、一緒にやり始めました。